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2001年始めアラブ諸国を漫遊し、船でイスラエルのハイファからキプロスに向かいました。1週間後にはエジプト・カイロ発の航空券で帰国の予定です。キプロス−エジプト間の交通は船があるのか飛行機があるのか全然調べていませんでしたが、なんとかなるだろうぐらいの感覚で乗船しました。 地中海を船旅なんて洒落てるかと思いきや、洒落にならない暴風雨が私の乗った船を直撃しました。船内のレストランでディナーを食べようにも船が大揺れで、食べ物がテーブルクロスごとあっちへ行ったりこっちへ来たり。大型船舶にもかかわらず船酔いしてしまい、夜も早々に船底の客室のベットに横になりました。 次の朝、まだ6時頃でしょうか、同室のチェコから来たという旅行者が鍵を開ける物音で目が覚めました。そのチェコ人は徹夜でバーで乱痴気騒ぎをしていたようで、深夜に起こったアクシデントを私に教えてくれました。 |
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彼の話によると、船内のバーで飲んで騒いでいたら、暴風雨の横風でバーの窓ガラスが向こうから順番に何枚か窓枠ごと船内に吹っ飛んできて、バーは火災が発生しパニックになったと言うのです。 僕はびっくりして飛び起き、カメラをしたためて、その現場を探しました。発見。吹っ飛んだ窓と言うのは1から2メートル四方の大窓で、それがいくつも船内に横たわっていました。私はカメラを構えて惨状をフィルムに収めようとしましたが、船のスタッフに見つかり、撮影するなと言われました。皆さんにお見せできないのは残念です。 しばらくして、船はキプロスに着きました。入国審査はひとりずつ部屋に呼ばれ、軍人の上官か船長のような制服姿のきりっとした多分50代の男性によって行われました。質問の内容は3つです。パスポートとキプロスのキャッシュとクレジットカードです。 |
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私は今回の旅行で用意したトラベラーズ・チェックは既に使い果たしていて、クレジットカードのキャッシングで旅を続けていました。ですのでキャッシュはありません。彼は言いました。You Can’t get off.入国拒否にあっちゃいました。キプロスで下船できません。考えられる理由は、キャッシュがないことが大きいようでしたが、イスラエルからの乗船であること、身なりが汚いこと(旅の終わりは、どうしても乞食っぽくなってしまう、髭だけは剃ってるんですが、一種の世捨て人生活を送っていた訳ですから仕方ありません)という感じがしました。 僕はそれでどうなるか聞きました。Greeceと彼は言いました。えっ?何度も聞きなおしました。お恥ずかしい話ですが、その時、ギリシアは英語でギリシアというと思ってました、グリースなんていうとは知りませんでした。でも地理から創造して多分ギリシアだと察し、 |
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なんという町かと聞いたらアテネと言ったので確信しました。次にアテネでは下船できるのかと聞きました。Yesという返事。多分、メイビー・イエスだと思いましたが、僕は少しラッキーな気分です。と言うのは、入国拒否された場合、そこからの旅費は会社側で持ってくれると言うことを知っていたからです。キプロスまでのチケットでギリシアまで行ける!まあ、入国拒否された哀れなジャパニーズ(自分)にそう言い聞かせて励ましていたのかもしれません。 船は、この後、ローダス島(Rodas)で給油のため一時停泊したのち、アテネに向かいます。 |
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今回島流しにあった航路は地中海のこんなところです。 |
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ローダス(Rodos)島に着きました。4時間ほどここで休憩だそうで、島へは何のチェックも無く簡単に降りることが出来ました。長い桟橋を歩いて最初に探したのは銀行です。この島は既にギリシア領。キプロスでの入国拒否の件があったので、このときはキャッシングが先決でした。銀行はいくつかありましたが、ATMがあってそこで簡単にドラクマ(ギリシアのマネー単位)を下ろす事が出来ました。 |
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アテネで入国審査に向けてのやるべき手立ては済ませたので、ちょっと観光です。ローダス島は、旧市街と新市街に分かれています。そして、旧市街は城壁で囲まれていて、新市街はモダンな都会。イスラエルのエルサレムと何か似ています。旧市街は世界遺産に登録されているだけあって、中世の姿がそのまま残っているそうで、なかなか見ごたえありました。 |
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明日の朝にはアテネです。 |
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アテネに着きました。入国審査ではキプロスと同じ質問です。 ・パスポート?ビザいらずの世界最強の日本のパスポートです。ブローカーに30万円で売れるそうです。 ・クレジット・カード?その価値を彼らが知ってるかどうかわかりませんが、ゴールド・カードです。 ・キャッシュ?ローダス島で下ろしたキャッシュを扇子のようにビラリと広げてやりました。 You free!行ってよし!だって。最強の戦力で圧勝した感じです。 かわいそうだったのは同じくキプロスで入国拒否されたレバノン人の青年でした。英語が全く話せません。You back!だって。強制送還です。また長い船旅を彼は送らなければなりません。 (写真は、アテネ市内の住宅地を散歩したときに何となく撮った思想のない写真) |
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さて晴れて入国出来たのは良いんですが、流されてギリシアに来たので地図もガイドブックもありません。イミグレの近くにはツーリスト・ポリスがあるので、とりあえず地図をもらい市街へ行く方法を教えてもらいました。警官は、市街へ行くより、まず宿を見つけることが先決ですよ、と言ってくれましたが、私にとっては何もかも先決です。こういうときは、目と足でとにかく情報をキャッチすることが大事です。後は勘。 アテネ市街へは、電車で比較的簡単に行くことが出来ました。宿も適当に安くてセキュリティも大丈夫そうなところを見つけました。ただ、夜どうしようもなく寒い部屋ではありましたが。 海外に行って、日本の街と大きく違うなあと思う点のひとつに、海外には日本のように本屋があちこちにない事です。アテネのような大都会でも同様でした。結局本屋を発見したのはその日の日の入り後になりました。 |
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プラカ地区。 安宿や旅行者で賑わうのは有名なパルテノン神殿のふもとにあるプラカ地区でした。とにかく夜の冷え込みがすごいので、ヒーターのある安宿という条件でアクロポリス・ハウスとユースホステルというのが候補に挙がったのですが、アクロポリス・ハウスは満室。ユースホステルのドミトリーに泊まることになりました。一泊10ドルぐらいの小奇麗な4人部屋でした。私を含む3人が日本人で、残りの一人もシンガポールから来た女性で、わきあいあいでした。 写真は、プラカ地区の住宅地を散歩したときの写真です。見上げるとアクロポリス・パルテノン神殿のある丘があります。 |
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プラカ地区から、アテネの町を一望できました。 |
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散歩してて、こんな気色悪いものにお目にかかりました。最初ひもが落ちているのかと思ったら、なんと毛虫。人差し指大の毛虫が何十匹もつながっているではありませんか。気色悪い習性です。あちこちで見かけました。 |
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イロド・アティコス音楽堂。 西暦161年に建てられたそうですが、現役の音楽堂だそうです。 |
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プラカ地区のお散歩観光でようやくアクロポリス・パルテノン神殿入り口に来ました。 |
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あいにく改修工事中でした。アテネオリンピックに備えてのことだったんでしょうか。 |
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アクロポリスから見下ろしたゼウス神殿とアテネの町。 |
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アクロポリス・パルテノン神殿散策。 神殿を撮っている振りをして、女の子を撮ってしまいました。イギリスの某メーカーの調査では、ギリシア人が一番夜の営みが多いそうですが、女性がみんな綺麗だから仕方ないよなあ。(因みに日本は一番少ない。仕事ばっかしてるから) |
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青い空と白い神殿は合う。 |
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ここは昔ピタゴラスが裁判を受けたと言う丘だそうです。後ろに見えるのはアクロポリスです。 |
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アドリアヌス門。 アクロポリスからゼウス神殿に向かいました。この門の向こうにゼウス神殿があります。手前のトロリーバスも洒落てる。 |
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ゼウス神殿。 神殿跡といった方がいいぐらい、あまり残っていません。 |
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ゼウス神殿。 近づいてみました。遠くに見えるのはアクロポリスです。 |
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プラカ地区からアクロポリスを抜けた奥の丘から撮影しました。 |
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夜になるとこんな感じです。 |
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ピタゴラスが留置されてたところらしい。 |
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カーニバル。 2001年2月23日夜、この日は“カーニバル”というお祭りでした。右の彼が持っているソフトビニールのバット、これですれ違う人をぶん殴る、そういう祭りです。 |
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私の泊まったユース・ホステルの前の通り。あちこちでプラスチックの殴打音が聞こえました。殴り合いが激しくなると周りの人が止めに入ります。 |
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ポセイドン神殿。 ポセイドン神殿は海の見える岸壁の上にあって、そのシチュエーションがかっこいいです。アテネからは日帰りツアーで行きました。 |
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ポセイドンとかゼウスとか、日本で言えば、イザナギのミコトとかスサノオのミコトみたいな感じで名前がかっこいいんですが、冷静に考えると石の棒っ切れが残ってるだけです。 |
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これはオリンピック第1回大会の競技場跡。 実はここに来る前に間違えて2004年のオリンピック会場に電車で行っていました。こちらはプラカから歩いてすぐ来れます。 <おしまい> |
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