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1994年10月4日−10月9日、HISのツアーで北京・西安・上海6日間周遊というツアー旅行に参加した。いつもは、ぶらり、気ままに一人旅に出てしまうのだが、今回はお袋が一緒だったので、ツアー旅行を選んだ。 |
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お袋は昭和2年の生まれで、海外はこれが最初の旅行。中国と言うよりは、満州に思い入れがある。亡き我親父も第二次大戦中は満州大学に通っていた事もあり、思いは一入(ひとしお)だ。 |
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成田空港発、大連経由で北京に着いた。 |
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万里の長城入り口付近。 今回は親孝行の意味合いもあって無難な観光写真に徹底した。レアな写真は無いのであしからず。 |
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添乗員は、ツアーを通して面倒を見てくれる日本人添乗員一人と、現地でガイドをしてくれる中国人添乗員がいる。僕らの添乗員は、任(にん)さんという人懐こい人だった。 |
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観光地は、まず、日本円が使える。このときは、1元=13.2円だった。また、もし中国元が必要でも、観光バスの車中で、任さんに頼めば、両替してくれた。 僕はツアー旅行は初めてで、成田の出発から、国内線の乗り換え、観光地の移動など、添乗員の方が何から何まで面倒見てくれて、ツアーとはこんなにも楽なのかと感激した。ただ、添乗員は大変である。僕らのツアーに付いた添乗員の方は、この旅行の前は南米だったか、地球の裏側。昼夜の感覚が麻痺するタフな職業だ。 |
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ツアーは、添乗員の方を含め、全部で26名。この写真は、同じツアーで耳の不自由なカップルの方にとってもらったものだ。会話が難しいので、ジェスチャーで少し斜めにとっても良いかと聞いてきた。こういう斜めに撮った写真の中にも旅行の思い出が残る。旅は人だと思う。 |
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万里の長城の道はこんな感じ。 道は左右に分かれていて、左が男道といって坂が急だが景観がよく、右が女道と言ってその逆だ。この写真は男道。 |
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明の十三陵。 明の頃の皇帝十三代の墓。あまり面白くは無かった。 |
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メガホンを取っているのが、中国人添乗員の任さん。その横で旗持ちをやってるのが、飛行機の中でアルコール三昧だった新潟のおじさん。田中角栄通だった。 ツアーと言うのは、朝から晩まで一緒にいて、みんな仲良くなれて楽しい。(一人旅の場合の孤独や不安と言うものが無いのが心地よい) |
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明の十三陵は地下にあり、そこに行くまで、ごらんの道を登っていくのだが、道の途中、道の下から、竿の先にかごをつけて中に柿をいれ、観光客にそれを売ろうとしている人たちがいた。東アジア諸国でこういう光景を見るのは中国が初めてだった。 |
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中国の観光地は、とにかく物売りが凄い。1枚100元と言っていたスカーフが、無視してると、やがて10枚100元となる。この辺りの時価交渉が日本人には難解で苦手なことだ。 |
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今回のツアーは6日間で北京インの上海アウトというオープンジョー。且つ国内線を二つ使って、10万円ちょいの費用。ツアーと言うのはこんなにも安いものかと驚いていたが、実は、ツアーメニューの各所に我々の観光バスがお土産屋に寄ると言う按配があった。 ここでは、真っ赤なチャイナドレスの口達者な女の子達の中国茶道を受けた後、中国茶のセールスが始まった。僕的には、また、商売の話かとうんざりだったが、お袋は、ウーロン茶の缶を8缶1万円で買っていた。 |
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このあと、ツアー客の希望で、天安門広場の隣の大使館街の近くにある怪しい露店の立ち並ぶ通りへ向かった。雪蓮(メーカーと読むらしい)のカシミアがここで安く買えるということだった。 |
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ディナーは北京ダックが用意されていた。 その後、この日の宿である北京五州大酒店へ。 途中、世界最大を誇ると言う北京西駅を通過した。(写真無いです) |
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10月6日ツアー3日目) 天壇(てんだん)公園。 写真は、釘を1本も使っていないという建物。 このとき中国は、1949年の中華人民共和国開国から50周年で、10月1日から7日までお休みだった。そのためか、ここの通路にはご老人が様様な賭博系と見られるゲームで早朝から楽しんでいた。 |
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北京は朝靄が凄かった。そんな中、太極拳をやる人々。 |
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天安門広場。 ここでは毎朝毎晩国旗の上げ降ろしが行われる。前日のバスの中でそれを目撃。緑の軍服を着た兵隊さんが国旗を降ろしていた。中国人添乗員の任さんが、この光景を見れてあなた達はラッキーだと興奮気味に解説していた。 |
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毛沢東の遺体が眠ると言う毛沢席記念堂。 |
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広場には、建国50年を祝う山車?が並んでいた。 |
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ようやく故宮に到着。もやが凄い。 |
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故宮(紫禁城) |
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遠くに毛沢東の画が見える。 明の永楽帝が建て、500年の間に24人の皇帝が暮らした。 |
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北京と言えば、万里の長城とここ。人だかりは半端ではなかった。 その中を緑の旗を持って、後ろなどお構いなしにどんどん進んで行く任さん。ツアーはちゃんと写真を撮る暇があまり無かった。 |
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故宮博物館入り口 |
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紫禁城の中へ |
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本当は有料撮影の場所。店員がちょうどいなかった隙に皆で急いで、かわりばんこに撮影。大の大人が修学旅行みたいなノリだった。 |
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人口の建造物の中で、これだけ艶やかで壮大な建築物はない。その壮大さは、実際に歩いてみると痛感する。 |
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このスケールのでかさを見て、お袋は「自分の中の戦争がやっと終わったと納得できた」と言った。 |
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くぐってもくぐっても巨大な門が続く故宮。地図を見るとその門の数15.遠くの屋根がかすんで見えるのは、もやのせいだけではない。 |
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ようやく故宮を出れた。日本なら一駅は歩いたと思う。 |
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10月6日夜、西安着。オプショナルのナイトツアーで鐘楼へ。城壁に登った。(ごめんなさい。見せれるような写真は無いです) |
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10月7日、兵馬俑抗博物館。 近くに秦の始皇帝陵があり、それを守るために作られた身長1.8mの人間そっくりのはにわ。身長が1.8mもあるのは大きく見せて敵を威嚇するため。本を買うと、発見者の老人がサインをしてくれる。子供のスリがいるので注意! (撮影禁止のため、せめて入館カードだけでも載せました。) |
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入館カードの裏は広告になっていて、ブラザーミシンの広告だった。 |
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華清池。 玄宗皇帝と楊貴妃の愛の温泉地。(ごめんなさい。ここも見せれるような写真は無いです) |
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西安のホテル。 西安賓館というホテルに宿泊。西安ではかなりランクが高いらしいが、ヘアドライアは1つのフロアに1つしかなかった。日本語の番組もここだけはいらなかった。中国の時代劇を英語のテロップで見ていた。愛憎劇+カンフー。 西安の食。 ここは餃子が有名。ツアーでは、夕食に、十数種類もの餃子が次々と登場。ただ、こちらの餃子は、日本のような焼餃子ではなく、蒸餃子や水餃子。パール餃子なんてのもあった。お腹が一杯になったので、添乗員さんに御裾分けしたら、初めて食べたと大喜びしていた。 |
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大雁塔。 「悟空の大冒険」よろしく、三蔵法師がインドより持ち帰った経典を納めたという建物。 西安は古都。唐の時代、長安と呼ばれ、シルクロードの出発地。その距離往復7年と言われ、永遠の別れをその昔惜しんだと言う。 |
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10月8日上海。豫園(よえん)にて。我々に説明する添乗員の夏(か)さん。 添乗員は、北京が、任(にぃ)さん。西安が、杜(とぅ)さん。上海が、夏(かぁ)さん。兄さん→父さん→母さんと駄洒落になる。どうでもいいけど。 |
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上海は、他の中国の都市と違い風情は乏しい。近代的なビルが並び、夜の街は、綺麗だった。 (上海メモ) ・タクシー:3km10元(西安は5元) ※ナンバーにXが付いてるのは、個人タクシーで危険とのこと。 ・月給:2000〜3000元(約3万円) ・紹興酒:丸ビンが1年もの、角ビンが5年もの |
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上海雑技団。 ツアーの最後はこれ。ひとつかと思っていたら、上海にはいくつもの雑技団があるそうで、僕らが見たのが一番有名でいい雑技団だそうだ。 |
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ツアー最後の夜は、由由大酒店という五つ星(★★★★★)ホテルへ。翌朝帰国の途に。 建国記念の連休も終わり、早朝の通勤ラッシュを見れた。通勤手段は自転車で、その数が凄かった。こちらの会社員の暮らしは、昼食して1時間昼寝、夜は6時ごろ帰宅。共働きが普通で、夕飯は露店で済ますそうだ。 中国はまだまだ見たいところが沢山ある。今回はツアー旅行で観光写真ばかりになってしまったが、もう一度行って、面白い写真をたくさん撮って見せたいと思う。勿論、ツアー旅行もかなりハードな日程だが、見所存分で是非利用すべきだと思う。 |